国内外フィールドワーク等派遣事業 研究成果レポート





村尾静二(比較文化学専攻)
     
1.事業実施の目的 【h.海外フィールドワーク派遣事業】
   比較研究のための文献史料収集および現地調査
2.実施場所
  インドネシア国立図書館
3.実施期日
  平成18年7月24日(月) ~ 平成18年8月3日(木)
4.事業の概要
 

1.インドネシア国立図書館を起点に、首都ジャカルタの図書館にて文献資料収集
 筆者はこれまでに、インドネシアの首都ジャカルタのインドネシア国立図書館および研究調査地であるスマトラ島西部の各種図書館・資料アーカイブにおいて文献資料収集活動を重ねて行ってきた。本フィールドワークの目的の一つは、首都ジャカルタにある各種図書館・資料アーカイブに関する情報を得て、博士論文の完成に向けて文献資料を補足収集することにあった。国立図書館を除きインドネシアの大半の図書館では、蔵書の電子データ化はまだなされておらず、文献資料を探すには自ら現地に赴いて調べるしかない。文化人類学においては、これも重要なフィールドワークである。
 首都ジャカルタの各種図書館・資料アーカイブに関する総合的な情報を収集するために、インドネシア国立図書館(正式名称 Perpustakaan Nasional Pepublik Indonesia住所 Jalan Salemba Raya No. 28 A, Jakarta 10002)を訪問した。ジャカルタは東南アジアでは最大規模の都市であり、国立図書館を頂点として様々な図書館・資料アーカイブが存在する。司書の方から各施設が持つ蔵書の特徴をうかがい、筆者の研究内容を説明したところ、訪問すべきいくつかの図書館・資料アーカイブを紹介していただくことができた。今回はそのなかでも特にインドネシア文化に関する歴史的な蔵書を所蔵するバライ・プスタカ図書館(正式名称 Perpustakaan Balai Pustaka 住所 Jalan Gunung Sahari Raya No.4, Jakarta 10710)を訪問し、文献資料の収集を行った。

2.比較研究のための補足調査
 本フィールドワークのもう一つの目的は、現在の研究事例に比較研究の視点を加えることにあった。研究対象としている身体技法は、スマトラ島西部を源流としてマレー文化圏に広く分布したといわれ、インドネシアの三つの地域(スマトラ島西部、ジャワ島西部、バリ島)の様式が主となりその歴史を築いてきた。2002年から2003年にかけて、筆者はスマトラ島西部で撮影調査を進める一方、比較研究のためにバリ島でも撮影調査を行った。スマトラ島西部で撮影した映像作品はすでに調査地に持ち帰り、その内容の妥当性に関して調査地の人々と議論している。この度、バリ島での映像作品が完成に近づいたのを機に調査地を再訪し、バリ博物館とバリ島中部のギャニャール県において補足調査を行った。
 帰途、経由地バンコクではタイ国立博物館を訪問し、マレー文化圏を越えて東南アジアに広く分布する本身体技法に関する情報収集を行った。

5.本事業の実施によって得られた成果

 

1.本事業実施により得られた成果。博士論文に対して持つ意味。

1-1.比較研究のための文献資料収集
 インドネシア国立図書館の紹介を受けて訪問したバライ・プスタカ図書館は、1917年にオランダ植民地政府が設立した出版機関バライ・プスタカ(インドネシア語で図書局を意味する)を母体としている。当時は植民地政府を批判する図書を検閲する一方、農業や牧畜など生活知に関する啓蒙書、地方語で書かれた各民族の伝承や文学作品等の出版活動により、インドネシアの出版の中心的役割を担ってきた。インドネシア独立後、バライ・プスタカはインドネシア政府教育省の管轄下におかれ、国営の出版所として活動を続けてきたが、1994年に独立し、現在は教育省に隣接する敷地で図書館の運営と図書の販売を行っている。
 筆者はスマトラ島西部に生きるミナンカバウ人の文化を調査し始めた当初、ミナンカバウ文学を代表し、インドネシア近代文学の先駆的作品ともいわれる『シティ・ヌルバヤ』(マラ・ルスリ)の講読を通して、彼らの心性を理解しようと試みたが、本作品もバライ・プスカタを通して出版されたものである。その講読を機に、これまでバライ・プスタカを通して出版された数多くの図書を講読してきたために、今回初めて図書館を訪問した際にも、司書の方との共同作業により、限られた時間のなかで手際よく必要な文献を探すことができた。そこにはスマトラ島西部の各種図書館・資料アーカイブや国立図書館に所蔵されていない貴重な図書も含まれ、博士論文の完成に役立つ数々の文献を入手でき、大きな成果を得ることができた。

1-2.比較研究のための現地調査
 筆者はこれまでスマトラ島西部を主たる調査地として、身体技法シレが当地のアダット(慣習に基づく法や規範、観念や感覚の総称)とイスラームとの相互作用のなかで実践されていることを、撮影調査を通して明らかにしようとしてきた。今回のフィールドワークでは、スマトラ島西部での事例を相対化して比較研究の基礎を築くために、ヒンドゥーを宗教とするバリ島で現地調査を行った。
 バリ博物館では、バリ人の身体技法に関してこれまでに記録されてきた文献資料をもとに、歴史と変容の過程に関してインタビュー調査を行った。本身体技法に関する最も古い記録の一つは1930年代にバリ島南部の事例に関して記されたものであるが、博物館での調査により、その現在の様子を補足調査することができたのは大きな収穫であった。バリ島中部のギャニアール県では当地の教育省の協力を得て、筆者が以前バリ島で撮影・編集した映像を調査地の人々と共に視聴しながら、本身体技法の歴史と変容に関する現地調査を行った。身体技法を技術の視点からとらえる芸態分析の視点に加え、宗教の視点から比較研究を試みることにより、マレー文化圏に遍在する本身体技法の本質の理解につながる新たな視点を得ることができた。またここ数年に調査地が経験した社会変化に関する補足調査を行うことにより、研究成果に現在的な視点を加えることが可能となった。
本身体技法はマレー文化圏を中心として東南アジアに広く分布する。帰途、経由地タイにおいて情報収集を行うことにより、東南アジアを舞台にした比較研究の基礎を築くという今後の課題への見通しをつけることが可能となった。
 今回のフィールドワークを通して新たに獲得した研究成果は、博士論文および国内外の学会や学術誌において随時公表していく予定である。

6.本事業について
   文化人類学研究は、調査地の社会やそこに生きる人々との長年にわたる交流を基礎として成立する現場の学問です。本事業を活用してフィールドワークの機会を与えていただいたことに心より感謝いたします。
 
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