国内外フィールドワーク等派遣事業 研究成果レポート





大内瑞恵(日本文学専攻)
 
1.事業実施の目的 【c.国内フィールドワーク派遣事業】
  近世前期皇族・公家の文学・文化に関する文献調査
2.実施場所
  京都大学付属図書館・岩瀬文庫
3.実施期日
  平成18年4月29日(土) から 平成18年5月2日(火)
4.事業の概要
 

 今回の事業の目的は、博士論文のための「近世前期皇族・公家の文学・文化に関する文献調査」であり、前年度から行っている継続的な調査である。
 京都大学付属図書館には公家の中院家より伝来した蔵書である中院文庫ほか、平松家文庫、清原家の清家文庫などなど、いくつもの文庫がある。また、それら以外にも京都大学付属図書館の貴重書としてさまざまな古典籍がある。岩瀬文庫は、慶応生まれの岩瀬弥助により始められた近代の文庫であるが、その蔵書は多岐にわたり、貴重なものが多い。
前年度から、室町末期から江戸前期の文献より、その奥書から書写の流れを辿るという調査を行っている。その具体について一例を示すならば、京都大学付属図書館の蔵書の中に『手丹遠波切紙』という書がある。これは江戸前期の歌人、河瀬菅雄の書写になる自筆本である。これと同内容の書が大阪大学含翠堂文庫にある。こちらは、河瀬菅雄により伝授され、大坂平野の郷学に伝わったものである。この河瀬菅雄という人物は地下(町人)の歌人であるが、公家の飛鳥井雅章に和歌を学んだと言われるが、一方でさまざまな人から和歌の伝授を受けたと考えられる。その伝授を与えた一人が、葛岡宣慶である。また、今回調査した『手丹遠切紙』などの内容から考えると、中院家からも伝授を受けた形跡が見られる。
戦国時代、田辺城で籠城していた細川幽斎のもとへ後陽成天皇から使者が遣わされたことは有名であるが、「古今伝授」は智仁親王を介して、後水尾天皇へ伝授され、御所伝授として変容する。それらを学んだのが飛鳥井雅章、中院通村らである。そして、彼らから地下の歌人たちへ和歌が広まり、それらの地下歌人らを堂上派地下歌人といっていたが、この過程を調べれば調べるほど、その伝授のありようは、簡単な師弟関係というような説明はできなくなる。江戸時代という、それまでとはまったく異なる太平の時代にあって、天皇・皇族・公家らによる朝廷の文事と将軍家・大名家による武家の文事、そして地下(町人)の文事とは密接かつ複雑に関わりあい、互いに影響を与え合っている。
さらに、江戸時代には印刷技術および流通の発達にともなって、古典籍が出版され、広まった。一方、出版物の増加とは矛盾するようであるが、書物の書写も増大する。その際、重要なのは奥書に記された情報である。伝授とはその書の内容だけが問題になるのではなく、誰から伝授を受けたのかも重要な問題なのである。
こうした書籍の調査を丹念に積み重ねることによって、近世前期における皇族・公家の文事のありようの具体が明らかになりつつあるのが現状である。
また、次回の調査への布石として、清家文庫などほかの文庫の蔵書から、必要と思われる文献の調査目録の作成も行ったことを付記しておきたい。

6.本事業について
   過日、歴史を研究する他専攻の方々とお話をする機会があった。その際、中世から近世の文化について語り合うこととなったが、やはり交流をする前提として、自分自身の知識と研究の蓄積が重要であると思う。そういった意味でも、この事業によって、従来はさまざまな事情から困難であった文献の調査に専念でき、かつ継続的に行えるということはたいへん意義深く、研究の進展に勢いがついたことは断言できる。これからもいっそう研究を進め、一日も早く結果を出したいと思う。

 
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