国内外研究成果発表等派遣事業 研究成果レポート





佐山美佳(日本文学研究専攻)
1.事業実施の目的 【d.国内学会等研究成果発表派遣事業】 
  横光利一文学会 第5回大会 研究発表
2.実施場所
  龍谷大学 深草キャンパス
3.実施期日
  平成18年3月25日(土) ~ 平成18年3月26日(日)
4.事業の概要
  ●事業の概要
  横光利一文学会は、大正末から昭和にかけて活躍した作家・横光利一の文学を中心として、その周辺作家の作品や同時代の文化状況・社会的背景等も含め、幅広く近・現代文学を検討する研究会である。2001年3月に第1回研究会を開催、そして翌2002年3月、第1回大会の開催によって正式に発足した。2006年3月現在、会員数は114名。機関誌『横光利一研究』を年一回発行し、この3月に第4号が刊行されている。
  今回参加した大会では、研究発表が以下のとおり四件。砂澤雄一氏による「北脇昇試論―一九三〇年代の前衛―」、高橋幸平氏による「横光利一 文体の模索―新感覚派から新心理主義へ―」、佐山美佳「横光利一と文壇ジャーナリズムの相関図―『深刻さ』をめぐって」、キム・ケジャ氏による「横光利一『旅愁』―「日本」という表象」。砂澤氏の発表内容は、シュルレアリスムを代表する画家・北脇昇の「純粋小説論」に対する深い関心と、北脇と横光の芸術観における共通点を指摘するもの。両者に直接的な交渉はなかったのだが、絵画との影響関係を取り上げる先例がなかったため極めて新鮮な報告であり、日本における美術と文学(論)の交流を考察するための重要な課題を提示したといえるだろう。高橋氏の発表内容は、横光の「新感覚派」から「新心理主義」と呼ばれる時期に発表された十七作品より、文長・句長・感嘆符・疑問符の割合・漢字率など七つの要素を抽出し、多変量解析を用いて各文体の相対関係を把握し変遷を見るというもの。すでに先行研究でもこのような国語学的アプローチは試みられていたが、分析の対象が代表作のいくつかに限定されていたため、一度に大量のものを扱い比較したという点で興味深かった。佐山は、横光文学や横光と同時代の現象に限定するのではなく、明治期に発生したと思われる「深刻」という流行語の流れを追い、大正末期にそれと遭遇した横光がどのように対応したのかを論じた。キム・ケジャ氏の発表は、横光晩年の大作『旅愁』を登場人物の地理的移動や語りとの関連から精読したもの。キム氏は韓国人留学生であり、外国人若手研究者の視点から横光文学の是非を問うという意味合いもあって、参加者の多くが強い関心を抱いたようであった。
従来の大会における研究発表では、やはり本学会が横光プロパーを中心に結成されているということもあり、横光作品の再評価を目指すものやテクストの精読が主であったが、今回の発表からは先行研究にとらわれない新しい切り口による考察が見受けられ、発表者それぞれのアプローチの仕方も多様であった。
5.学会発表について
    報告者の博士論文は、日本近代文学史の再考がテーマであり、明治二十年代後半から文芸用語として重視され、同時に出版ジャーナリズムによって称揚された「深刻」の語の変遷を明治・大正・昭和と追うことによって、「深刻」という価値概念と純文学観形成との関わりを探ろうというものである。本事業の発表内容は、博士論文の後半部分に該当し、大正末から昭和初期に活躍した作家・横光利一が、各出版社の商業戦略が錯綜する中で、「深刻」といかに関わり自分の文学を模索していったのか、以下の三点より検討した。①文壇とジャーナリズムにおける「深刻」の意味のズレと推移 ②横光利一の①との距離の取り方について ③横光のテクストにおける「深刻さ」とは何だったのか。
なお、本事業はあえて横光文学の専門学会で発表するということから、横光利一やその文学に即した批判や指摘・意見を得ることを期待していたのであったが、むしろ参加者の関心は「深刻」というキーワードに集中したようであった。したがって質疑応答で出された意見も、「深刻」の語彙そのものに関する質問や、研究の方向性に対する助言が圧倒的に多かった。具体的な内容に付いては以下のとおりである。

○「深刻」・「深酷」という表記のゆれが見られるが、表記の違いによる意味の差異は存在するのか。
○ 広告上の問題のみならず、実際に「深刻」の語がどのように用いられていたのか、国語学的アプローチを試みてはどうか。
○ 大正中期における宇野浩二らの作品(発表者の理論に従うならば、本来「深刻」に描かれるべきはずの私小説をあえて滑稽化しているような私小説)についても検討すべきである。
○ 「深刻」を広告表現のレベルで強調しながらも、表現の過剰によってむしろ逆効果となり、滑稽な印象を与えてしまっている例(武林無想庵の書籍広告)などは、どのように評価するのか。
○ 反「深刻」という切り口から、昭和期のエログロ・ナンセンスとのつながりや「探偵小説」の流行などとの関連も探ってみてはどうか。
○ 発表で取り上げた作品「滑稽な復讐」だけでなく、横光が自分の妻の闘病生活と死を描いた病妻三部作「春は馬車に乗つて」「花園の思想」「蛾はどこにでもいる」等も、反「深刻」という視点で捉えなおしてみてはどうか。

  以上のように提出された意見を踏まえて、発表内容の再検討と論文化を予定している。

6.本事業の実施によって得られた成果
  「深刻」をキーワードとして明治二十年代から昭和初期までの文学史の流れを再検討することが、博士論文の目標である。そのため明治・大正・昭和の諸作家の言説に幅広く目配りしつつ、雑誌・新聞等のメディア表現についても網羅的に目を通してゆく作業が必要となるが、単独かつ限られた年数で行う作業という点ではやはり限界がある。その上、「深刻」という語彙や概念に直接言及している先行研究がほとんどないため、研究対象の範囲を絞り込み方向性を明確にすることが容易ではなかった。幸い本事業の実施によって、各研究者から様々な助言を得たおかけで、的が絞れてきた。特に前項の「学会発表について」欄にも既述したが、大正中期の宇野浩二を中心とした「深刻さ」から逸脱したかのような私小説の問題や、「深刻」という価値概念の対極ともいえるナンセンス文学の昭和初期における流行などは、博士論文においてそれぞれ一章分を割いて検討しても差し支えない重要な内容であるかと思われる。
また、大量に収集した広告資料のデータを、いかに効率的に分析し把握するか検討中であったのだが、今回の高橋氏の発表内容が良い刺激になった。これまでは文学に関わる事象を数量化することへの抵抗感があったのだが、多変量解析を用いた発表を聞いたことで、コンピュータを積極的に活用して分析することも充分有効であると感じた。もちろん、微妙な文学表現を数字で割り出すことには限界があるが、ひとつの情報として傍証には成り得ると考えられ、今後、取り入れてみたいと思われる。
以上のように、博士論文における主題をいかに絞り込みかつ発展させるのかという点において、参考になる意見を得ることができ、収穫の多い研究発表となった。
  なお、広告図版を紹介する必要性から、それらの画像をスクリーンに映しながら説明したところ、思わぬ好評を得た。本発表まではレジュメと口頭説明のみに頼っていたが、視覚的なプレゼンテーションがいかに効果的であるかということを自覚した。研究発表の方法に関しても、今回の経験を活かしつつ、さらに工夫してゆくつもりである。

7.本事業について
   国内学生派遣関連事業に参加させていただき、ありがとうございました。今回は学会の開催が3月末ということもあり、予算執行の手続き等いろいろお手数をお掛け致しましたが、開催地までの運賃を支給していただけたのは大変助かりました。心より御礼申しあげます。学会発表につきましては、国内外の別を問わず、私たち学生にとって得るものが非常に大きいことは言うまでもありません。今後も本事業の一層の充実をお願い申し上げるとともに、より多くの学生による積極的な参加を期待したいと存じます。

 
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