国内外フィールドワーク等派遣事業 研究成果レポート





七田麻美子(日本文学研究専攻)
 
1.事業実施の目的 【c.国内フィールドワーク派遣事業】
  『和漢朗詠集』の諸本研究
2.実施場所
  大阪府立中之島図書館(大阪府)
3.実施期日
  平成18年4月21日(金) から 平成18年4月23日(日)
4.事業の概要
 

 今回の学生国内派遣事業では、大阪府立中之島図書館の古漢籍の調査を行った。中之島図書館は、大阪府立の二つの図書館のうち、古典籍を扱う図書館として多くの古漢籍が所蔵されている。だがその全体的な所蔵状況については、目録等完備されてはおらず、図書館に実際に行って、カード目録を繰る以外に確認する方法がない。今回の調査においては、調査対象としてあらかじめ決めていた本以外に、このカード目録を確認することも目的であった。

 目的の「和漢朗詠集」の江戸期の本については、所属基盤での予備調査の際、およそのあたりをつけていたことが確認でき、さらにその複写を手に入れることが出来た。予備調査の段階では書名等の問題があり、実際に開いてみるまでその本が目的のものかどうかわからないなどの不安を抱えての調査だったが、実際にそのものに触れて初めてわかるということも多々あり、現物を調査することの意義を改めて考えさせられた。

 目録カードの調査については、幾つかの分野、作品に絞って所蔵状況の確認を行い、そこから興味深い幾つかの本の存在を知ることになったが、今回は時間の関係もあり、それらを見るところにまでは至らなかった。ただし、このカード目録の調査をしていて、この図書館に古漢籍所蔵状況から、「大坂」「上方」の文化状況を読むことができるのを感じ取った。中之島図書館の幾つかの文庫コレクションは近世の上方文化圏で活躍した人物たち、もしくはその子孫の旧蔵であり、それに関しては目録等の整備がなされていおり、その意義を考えることは可能である。一方文庫コレクション以外の本については、旧蔵者を特定できないものが多い。そうしたさまざまな本の目録を繰る中から、今回は一部の漢籍と『和漢朗詠集』関連書物の書名を確認し、上方方面で特に熱心に使われていた本には、ある種の傾向があることを知ることになった。

 また今回は文庫コレクションと、旧蔵者不明のコレクションとで同一書名の本について調査を行うことが出来た。本文の異同と書き込みの状況から各々の本の背景を伺い、その比較検討をすることで、旧蔵者不明のコレクションも、いわゆる上方の学問状況を把握する手がかりになることがわかった。これは中之島図書館の充実した資料と、自由な研究環境によって、即事的な対応が許された事による。公立図書館であるという環境ゆえに、貴重な資料が大きく一般に公開されていることが、今回の調査では非常に役に立った。

5.本事業の実施によって得られた成果
   『和漢朗詠集』の諸本研究は、事実上不可能といってよい。平安時代中期に成立してより、日本文学のさまざまな分野において、その作品の成立に大きな影響を与えてきた「幼学書」であるからである。そのため、『和漢朗詠集』の本文研究は、当然受容の側の問題とならざるを得ない部分がある。

 今回の中之島図書館の所蔵本の調査は、そういう意味で、上方の学問界における『和漢朗詠集』の受容を確認することが出来たといえる。
中之島図書館所蔵の『和漢朗詠集』は、江戸期の版本であるため、本としての貴重さにおいては、特筆すべきところはない。しかし、逆にそのため、学問の具として実際に使われた本であり、その書き込み等には受容の現場のあり方が伺えた。
そうした多くの書き込みの中でも今回注目したのは、白氏の摘句の本文異同に関しての部分であった。

 現行の『白氏文集』と『和漢朗詠集』の白氏の摘句との間の本文異同に関しては、『白氏文集』の本文研究において解き明かすべき点であることは明白である。しかし、現在の『白氏文集』研究において諸本同一とされる箇所で、『和漢朗詠集』の摘句との間においてのみ異同があり、且つ『和漢朗詠集』の内部では異同がない場合、それは日本文学において選び取られた文脈ともいえる。つまり、『和漢朗詠集』独自の「白氏摘句」部分を詳査することにより、その異文の発生についての研究と、その異文の享受の面での研究がなされることになる。 後者に関しては、『和漢朗詠集』の近代以前の研究は、いわゆる諸注における解釈以上のものがない。それ以外の情報として、口伝や、各時代の解釈を記録する、版本への書き込み等を調べる必要がある。こうした視点の下、今回は江戸中後期の上方の学問界における、「朗詠集の白氏摘句」に関する受容のあり方を見た。

 その結果、中之島図書館所蔵本における「白氏摘句」の扱いは、本文を正当として、そのまま受容するという方向があったといえる。一例を挙げるならば、『和漢朗詠集図解』(元禄二年の奥書)には、その図解に対する、何らかの検証と思われる書き込みが存在する。図の部分は各句の内容を図示したものである。その全体に対する研究はまだ行っていないが、「白氏摘句」箇所への書き込みについては、本文と図の食い違いを指摘するのみになっている。その他の部分に関しては、解釈上の問題とも取れるものがあるだけに、この姿勢を整理して読み取る必要があるだろう。この例にとどまらず、「白氏摘句」の検証を懐疑的に行っているという例は確認し得なかった。ここから、上方の学問界における『和漢朗詠集』享受のあり方の、正典的なものとしていた一面を考えるということを検討していきたいと思う。

6.本事業について
    今回の調査は、初めて地方の図書館の文庫を精査するという貴重な体験になりました。何かのついでに大阪に行くことはあったのですが、調査のために時間を作るのは難しく、調査だけを目的とできる機会を得られたことは大変ありがたく存知ます。
また、調査のためにきたのだという緊張感もあり、思いのほか研究に集中できたのもよかったです。当事業の助成金を使っての行為という責任がプラスに働いたということかと思います。こういった意味での経験としても貴重な体験となりました。
ありがとうございました。

 
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