国内外フィールドワーク等派遣事業 研究成果レポート





矢嶋美香子(地域文化学専攻)
1.事業実施の目的 【h.海外フィールドワーク派遣事業】
  海外フィールドワーク派遣事業
2.実施場所
  バングラデシュ ダッカ県ダッカ市、同県ダムライ郡およびサバール郡
3.実施期日
  平成18年12月12日(火) ~ 平成18年12月25日(月)
4.事業の概要
  事業実施の内容:銅合金職人集落についての基礎調査および関連する文献の収集

<受け入れ先との打ち合わせ>
  今回の基礎調査および3月末からの本格的な現地調査の受け入れ機関である、ダッカ県ダッカ市の国立ダッカ大学社会科学部人類学科を訪問した。学科長及び現地アドヴァイザーとなる教授と面会し、受け入れの確認等を行った。

<基礎調査>
  調査対象として選定した、ダッカ県ダムライ郡の複数の銅合金づくりの工房および、同県サバール郡の銅合金づくり職人集落での基礎調査を行なった。調査手法は、現地の母国語ベンガル語による直接インタヴューおよび参与観察である。それぞれの工房には、以下の特徴がみられた。

1) ダムライ郡の工房1
調査地で2世紀近く続いてきた青銅製日用品作りを続ける工房。ダムライの伝統的な特産品としては、コップ、トイレ用の水差しなどがあるが、現在この工房で製作されている主な製品は、飲料用のコップや小壺数種類である。職人数は15人前後で、3名の被雇用のイスラーム教徒を除いて、全員がヒンドゥー教徒の親族であり、いわゆる世襲職として銅合金作りに携わっている。製法は土型による鋳造。大小のかまどの火は、一般的な炭火とは異なり、全てガスでおこしている。

2) ダムライ郡の工房2
 元々は百数十年続く銅合金製日用品の卸問屋であったが、現在は銅合金製装飾品を生産・販売する店が始めた工房。神仏像やキャンドルスタンドなど、主に外国人を購買対象とした装飾品を製作しており、ダムライの銅合金づくりの新たな特産品の製作・販売を進めるパイオニア的存在であるといえる。製法は失蝋法による鋳造で、青銅・真鍮共に使用。職人たちは現在7~8名で、銅合金作りとは関係のない隣県出身者も多い。2004年当時とでは1/3ほどの職人の入れ替わりがみられた。

3)サバール郡の工房集落群
  サバール郡の銅合金づくりも、2世紀近い歴史をもつ。現在製作されている製品は真鍮製で、製法は鍛造法である。製品種類は工房ごとに異なり、調理用の大スプーンやヘラ、寺や学校などで使用する銅鑼などがある。親子経営の工房、親方と近隣の職人たちで構成される工房など、各工房により多様な生産と経営の形態がみられる。近年の需要衰退により、工房数は激減している。

<文献収集>
 今回は、政府統計局、国立ダッカ図書館、バングラ・アカデミー(バングラ学士院)、ダッカ市内の本屋などで文献の収集を行なった。購入を希望していた2001年度の国勢調査資料(全国版、ダッカ県版)は、未だ出版に至っていなかった(来年1月末までに出版予定)。その他の関連する文献資料に関しては、いくつかは入手が適ったものの、概してその所在が明白でなく、検索や入手に時間を要する。

5.本事業の実施によって得られた成果
    今回、2007年3月末から1年間行なう博士論文研究のための本格調査の前に、本事業による海外フィールドワークが行なえたことにより、調査地の現状の確認及び、受け入れ先やインフォーマントたちへの調査に対する承認や打ち合わせを事前に行なうことが可能となった。日本からの連絡が容易でない相手も多く、また前回調査に訪れた2004年3月以来、調査地を訪れていなかった。そのため今回の基礎調査の実施は、本格調査での課題を明確にすることで、より実現性の高い調査計画作成に繋がったという点で、非常に有効であった。

  以下に、今回の基礎調査から導かれた、本格調査における調査対象別の重点調査内容を述べたい。尚、本格調査では、他の銅合金製品の特産地域についても比較調査を行い、より広い地理範囲から見た場合の本調査地の位置づけ・特徴についても考察していく所存である。

1) ダムライ郡の工房1
この工房は、現在ダムライ郡で年間を通して唯一稼動している、伝統的な金属製日用品づくりの工房と言える。本格調査では、当工房の生産体制と流通へのアクセスの変遷、特に90年代以降、ダムライの他の多くの銅合金工房が閉鎖に追い込まれたなか、当工房が現在まで継続可能であった理由を探る。また職人の家族である女性たちの役割や、子供たちの進路などを追うことにより、工房の将来性を探ってゆきたい。

2) ダムライ郡の工房2
この工房の職人たちは、銅合金づくりが元々の世襲職ではない。また彼らの製法には、日用品づくりの職人たちとは異なる部分がある。今後は、この工房の独自性を捉えるとともに、1)や、2)のいくつかの工房のような、主に世襲によって行なわれてきた、いわゆる伝統的な銅合金づくりとの差異、或いは共通点を明らかにしてゆきたい。それと同時に、職人たちが、世襲ではないにも関わらず、自ら選択して当工房の仕事に携わるようになった理由や、仕事を続けるもしくはやめる理由に注目していく。

3)サバール郡の工房集落群
80年代までは約200軒、約3年前でも100軒近くあったといわれるサバール郡の工房数は、現在10軒以下にまで激減していることがわかった。現在のサバールの職人たちはヒンドゥー、ムスリム共にいる。これらの点に関しては、前者は近年の市場と需要の変化、職人たち自身の価値観の変化について、また後者は、バングラデシュのイスラーム国家としての独立とそれに伴う住民の移動など、歴史的・社会的状況変化と職人構成の変遷との関係についての、更なる調査と分析が必要であると考えられる。また、工房の閉鎖により失業した職人たちの多くは、近隣の工場へ働きに出ている。集落の現状を把握するにあたっては、こうした工場労働者となった職人たちの追跡調査も必須である。

6.本事業について
   国内の学会発表報告でも同様の意見を述べたが、本事業による支援は、移動経費や宿泊費等のまとまった費用が必要な海外フィールドワークを、積極的に行なう大きな動機付けとなった。また、申請時に実施目的を明確にする必要性や、帰国後に報告の義務があることは、調査内容の自覚化や調査結果についての整理に繋がった。しかしながら申請の段階で、派遣や支援内容の可能範囲がホームページをみてもわかりづらく、何度か申請をし直した。採用可能範囲をなるべく広く設定しておきたいというご好意から、説明(除外例など)の記載が少ないのかもしれないが、もし採用対象外の内容で且つ申請の多い例があるようであれば、それらに関しては、どこかに注釈があると良いのではないかと感じた。
学生の自主的な研究活動を効果的に支援する本事業は、今後とも是非継続していただきたい。

 
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