文化科学研究科・日本文学研究専攻 金 時徳 キーワード: 壬辰倭乱 絵本太閤記 両朝平攘録 武備志 豊臣秀吉譜 朝鮮征伐記 懲録 西告謳カ文集 太閤記 豊臣秀吉伝 近世日本で享受された壬辰倭乱作品群は、〈日本(江戸時代)で著された短編および、その集大成としての『太閤記』〉・〈中国(明・清)の作品とその影響作〉・〈韓国(朝鮮王朝)の作品とその影響作〉として分類することができるが、本論考では、これらの壬辰倭乱作品群のうち、『絵本太閤記』第六・七篇の典拠と思しき先行作品を挙げ、典拠の利用の実態とその意義に触れることにする。 壬辰倭乱の戦況に関する『絵本太閤記』の記述において、中国の作品とその影響作(中国の『両朝平攘録』・『武備志』と日本の『豊臣秀吉譜』・『朝鮮征伐記』)からの引用の箇所と、韓国の作品(『懲録』・『西告謳カ文集』)からの利用の箇所とは、異なる役割を果たしている。先立って日本に将来された〈中国の作品やその影響作〉からは、戦争の全体的な枠と、戦争当時の中国側の動きに関する情報が利用されている。一方、韓国の作品からは、中国の作品には粗略に記されている、戦争当時の朝鮮側の動きや、明軍の参戦以前の戦況、そして、特に両作品の作者である柳成竜の個人的な経験の記録が引かれているのである。 また、『絵本太閤記』第六・七篇の記事の一部は、『太閤 記』から始まる「太閤記物」の系統につながっていること が確認できる。この範疇に含まれる記事の中には、直接『太閤記』から引かれた記事もあり、『太閤記』の影響作から引かれた記事もある。特に、明の使節一行と豊臣秀吉との会談の記事の場合もそうであったように、『豊臣秀吉伝』 が『絵本太閤記』に及ぼした影響については注目すべき点があるように考えられる。 『絵本太閤記』第六・七篇の、中国系・韓国系の壬辰倭乱作品群からの継承の実態を象徴的に著す記事は七篇巻11「関帝霊現」である。『絵本太閤記』の作者は、壬辰倭乱における日本軍の強さを示すために、倭寇や豊臣秀吉による韓国・中国の被害に関する記事や、関羽の神力に頼って日本軍を退こうとしたとの記事などを引いていながらも、関羽の神力によって日本軍が退かれたとの叙述は採択していないのである。即ち、豊臣秀吉と日本軍を宣揚できるよう な、都合のよい箇所だけを先行作品から取り出し、矛盾のない叙述の筋を作り出しているのであって、先行作品の抱いていた問題意識は消去されている。これは、『絵本太閤記』が江戸時代の娯楽的な作品として制作・享受されることを意図したため、深刻な内容を避け、読者の喜ぶような内容を入れることに努めた結果であると考えられるが、少なくとも『絵本太閤記』第六・七篇が、以前の壬辰倭乱作品群の文章・思想をそのまま受け入れることなく、独自の作品世界を築き上げることに成功したことは認めていいであろう。 |