事業実施者は、博士論文執筆に際して、初期国家の成立以前にあたるアンデス文明の形成期(B.C.2500-50)における権力の生成過程を動態的に捉え、これを理論化したモデルの構築を目指している。地域間交流と権力の生成メカニズムの関連、つまりは社会変化の過程や要因をめぐる諸問題は先史学や人類学の主要トピックである。しかしながら、文字無き先史アンデス社会の場合、社会変化は物質文化の形で累積しており、これを調査・研究するためにはデータの性質上、考古学的手法が最も有効であると考えられる。
本研究において対象となるのは、社会的統合の中心であり、イデオロギーの普及装置として考えられている祭祀建造物である。社会関係の集積した場であると考えられる祭祀建造物は、文字なき社会における情報の管理と維持、蓄積の媒体として重要な意味を持つ分析対象である。なぜならば、祭祀建造物の建設活動からは労働投下、及び管理の問題が考察可能であり、同時に、イデオロギーが物質化された建築配置や考古遺物(特に遠距離から獲得されたもの)からは、当該社会、特に権力者の戦略が考察可能となるからである。これらの目的に基づいて、2006年と2007年にわたってペルー北部地域の祭祀遺跡、インガタンボ遺跡の発掘調査を実施した。
過去2シーズン、約6ケ月に及ぶ発掘調査では、計5時期に及ぶ建設活動を確認し、また、土器、石器、人骨、生物依存体(獣骨・貝など)、金属製品など多岐に及ぶ考古資料を獲得した。これらのデータを博士論文に有効に活用するには、まず、それぞれの考古資料に関して、分析、整理作業を行うことが必須である。よって、今回の調査では、実施者に加え、ペルー人考古学者1名とペルー人考古学専攻学生3名の計5名で、発掘した考古資料の分析・整理作業、および図面作成と写真撮影を実施した。中でも、土器と石器に関しては、近隣地域、およびペルー各地の形成期に関する先行研究を踏まえたうえで、タイポロジーを行った。このタイポロジーは、今後、検証の必要があるが、本研究を進めていく上で、基礎となる重要なものである。また、生物依存体に関しては、一通りの分類を終えたのち、ペルー国立トルヒーヨ大学の生物考古学研究室へサンプルを送り、専門家に資料の同定を依頼した。さらに、人骨に関しては、予備的な分析を済ませ、性別、年代などを可能な限り同定し、金属製品に関しては、図面作成と写真撮影を行った。
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