ポスター発表

ポスター発表

日本における翻訳の文化史

発表者所属名
国際日本研究専攻・国際日本文化研究センター
発表者氏名
Jeffery ANGLES (国際日本文化研究センター外国人研究員)

 研究の内容

 近世から現代にかけて、日本では翻訳は非常に重要な役割を演じて来た。翻訳というのは、ある文化における概念を言葉のレベルで変容して他文化にも通じるようにする機能を持つものであるから、ある文化と異なる文化が通じ合う境目といってもいい。その上、文化的、そして文学的な発展に、翻訳は大きな役を果たす。しかし、翻訳というプロセスの文化的な意義は、充分研究されているとは言い難い。
 今までの翻訳の研究の大多数は、ある小説はいつ翻訳されたか、ある言葉あるいは概念はどのように翻訳されて日本語に入ったか、西洋の言語が日本語に翻訳されると日本語自体がどのように変わったかという程度である。また、フランス、ロシア、英語圏の文学が近現代の日本文学の発展に大きな影響を及ぼしたため、西洋の言語からの翻訳を強調する傾向があり、中国語などからの翻訳を見落としがちである。これらの問題を乗り越えるため、翻訳そのものを歴史的な現象として扱い、その文化史を探るべきである。
 明治初期から中期にかけて、翻訳が重要性を増すにつれて、翻訳の意味、そしてそのやり方はだいぶ変わってきた。一般読者のために小説を書いた黒岩涙香のような人の訳は今考える翻訳に比べると翻案に値するようなもので、異文化の作品を日本の文化の中に置き換えるという機能があった。つまり、19世紀末から20世紀の始めにかけては、訳というのは、言葉を置き換えるよりも教育的な機能があり、異文化を日本人の読者に説明する役を果たしていた。しかし、いつの間にか、翻訳の概念が変わってきたようで、透明なものであるべきであるという考え方が定着した。つまり、訳は異文化の作品をそのまま、異文化のものとして理解されるように日本語で書き直しただけのものとなった。
 最近、西洋では翻訳の文化的な意義を論じる研究が盛んになりつつある。それらの研究を参考しながら、このプロジェクトは日本の立場から翻訳の論理と実践の歴史を新しく語る。「日本の翻訳の文化史」を一年間の共同研究プロジェクトとして実行する目的を四つに分けられる。

(1)作家の翻訳と翻訳論、つまり翻訳についての随筆と論文と感想文などを参考したり、よく知られざる翻訳論を掘り出したりしながら、幕末から現代まで、それぞれの時代の翻訳論や訳のやり方の歴史を明らかにする。

(2)時代が変わると、翻訳家の仕事がどのように変わったかと考えながら、職業としての翻訳の歴史を語る。

(3)翻訳家の選択によって、日本文学が分野としてどのように変わってきたかということを論じる。