ポスター発表

ポスター発表

縄文時代の石器に残った植物のデンプン

発表者所属名
比較文化学専攻  国立民族学博物館
発表者氏名
渋谷 綾子

 植物のデンプンは,種子や茎,葉,根などに貯えられており,植物が生長するためのエネルギー源として機能している。人間にとっても,デンプンは重要な食料資源である。デンプンは安定した化学構造をもち,どのような環境でも残る。そのため,土器や石器の表面に残るデンプン粒を見つけ出すことができれば,過去の人間がその植物を使ったり食べたりしていた具体的な証拠となる。木の実を割ったり,草の根をすりつぶしたりすることによって石器に付着したデンプンは,石器の表面の凹凸に埋まった状態で保たれ,微生物の影響を受けずに長期間残っている。
 日本列島は火山が多く,土壌の大部分が酸性であることから,遺跡から直接的な植物の証拠となる植物遺存体が発見されにくい。しかも,ワラビやクズなどの根茎・球根類は,ドングリやクリなどの堅果類のような堅い外皮や殻をもたず,土壌に分解されやすい性質をもつ。しかも,花粉を飛ばさない植物である。そのため,旧石器時代から縄文時代にかけての植物利用に関する研究は,出土事例の多い堅果類など特定種類の植物に研究対象が偏っている。しかし,植物を加工する道具とされる石皿や磨石の表面から,堅果類だけでなく,根茎・球根類のデンプンが見つかれば,これらの植物の利用を証明することができる。
 縄文時代の遺跡からしばしば見つかるドングリやクリは,円形やいびつな楕円形のデンプンを多くもつが,オニグルミのデンプンはいびつな五角形である。根茎類のワラビには円形のデンプンが多く見られ,ヤマノイモのデンプンは卵形や半円形をしている。このように,植物の種類によってデンプンの大きさや形が異なるという特徴を活かして,残存デンプン分析では,ある地域ごとの植物の生態系や過去の人間が使ったり食べたりした植物の痕跡を探っている。考古学では残存デンプン分析を用いた研究は比較的新しいが,近年はその重要性が認められ,世界各地で研究が進められている。
 縄文時代草創期の奥ノ仁田遺跡と掃除山遺跡から出土した石皿や磨石からはデンプンが見つかり,これらの石器が植物を加工する道具として使われたことがわかった。見つかった残存デンプンは,その形や大きさから複数種類の植物に由来している。ただし,ヤマノイモやサトイモ,ユリなどのデンプンとは形や大きさが異なるため,これらの植物のデンプンではないと考えられる。今後,現生の植物のデンプンと詳細に比較していくことによって,残存デンプンの植物が解明されていくだろう。

 現生クリ(上)とそのデンプン粒(下)