ポスター発表

ポスター発表

ペルーにおける聖女崇拝の発展
-守護聖人サンタ・ロサをめぐる教会と国家-


発表者所属名
比較文化学専攻(国立民族学博物館)
発表者氏名
八木 百合子

 本発表では、ペルーにおける聖女崇拝の発展を、その背景にある社会・政治的要因との関係から考察する。
 ここでとりあげる聖女は、ペルーの守護聖人サンタ・ロサ(サンタ・ロサ・デ・リマ:リマの聖女ロサ)である。サンタ・ロサはリマに生まれた(1586年)クリオーリョ(新大陸生まれの白人)で、ドミニコ会の第三会員として貧しい人や病人の世話、そして数々の苦行を行ったと伝えられる。彼女が起こした多くの奇蹟により、1671年に新大陸で最初の聖人に列せられ、ペルー、アメリカ大陸、フィリピンの守護聖人にもなっている。ペルーでは国家警察の守護聖人としてよく知られ、毎年8月30日はサンタ・ロサの日として、彼女のゆかりの地であるリマだけでなく、ペルー全土で祝祭が行われ、その信仰は各地に広まっている。ペルーの歴史においてこの聖女は、信仰といった宗教的領域にとどまらず、社会・政治的な側面において統合のシンボルとして登場するなど重要な意味をもってきた。
 本発表では、主に歴史資料や教会文書を利用し、特にペルーの近代化の始まる20世紀に注目し、サンタ・ロサ崇拝の発展をカトリック教会や国家との関わりから検証することで、その背景にある社会・政治的要因について分析する。そのために、二つの点に焦点をあてていく。
 まず、カトリック教会の取り組みについて、ここではサンタ・ロサの聖地として知られる場所に注目する。リマには、サンタ・ロサ崇拝の中心となる二つの聖地があり、いずれも多くの信者を集めている。それらの聖地の歴史的展開について調べると、1918年から1920年代にかけてカトリック教会の手により整備あるいは修復されていることがわかる。この時期に始まる一連の聖地の整備事業を実施したのが当時のリマ大司教であり、彼は1930年にはサンタ・ロサ祭礼や巡礼に関する教書も発布し、サンタ・ロサ崇拝の回復と刷新を目指した。
 二つ目には、国家の関わりについて、全国各地で祝祭を展開するペルーの国家警察に着目し、それとサンタ・ロサとの関係についてみていく。ペルーではレギア大統領時代(1919-1930)に警察の抜本的な改革が行われ、これにともない警察学校も設立されると、1928年に「警察の日」が制定され、このときサンタ・ロサが守護聖人として迎え入れられている。ここで注目すべきは、この改革を実施した当時の大統領レギアであり、彼は「サンタ・ロサ国立大聖堂」と題する公式声明を発表すると、国家事業の一環としてサンタ・ロサ新大聖堂の建設にも積極的に関与していく。レギア大統領は、この時代、近代化と国民統合を目指す近代化政策を実施し、首都リマでは大規模な都市改造が行われ、広場や公園、銀行、病院などの開設が進む。またこの時期、2つの国家的記念式典も開催され、それに向けて広場には歴史的人物のモニュメントが製作される。こうした国威発揚とナショナリズムの高まりのなか、サンタ・ロサの新大聖堂の建設計画も進められていったといえる。
 このように、1920年代を中心にサンタ・ロサ崇拝を活性化させようとする教会と国家の動きがあった点が認められる。ペルーでは、チリとの太平洋戦争の敗北がきっかけとなり、19世紀末から20世紀にかけて国民国家形成と国民統合を目指した近代化政策がとられる。そうしたなか、国民的あるいは国家的な聖人であるサンタ・ロサが再び教会や国家の関心を集めるに至ったと考えられる。また、当時の大統領レギアとリマ大司教を務めていたエミリオ・リソンとは親密な関係にあり、この時代、教会と国家との関係が最も緊密になったといわれている。こうした両者の関係もサンタ・ロサ崇拝の発展おいて重要な意味をもつ。