平成26年度 学生派遣事業

黄 昱(日本文学研究 )

1.事業実施の目的

和漢比較文学会第七回特別研究発表会にて口頭発表及び現地調査。

2.実施場所

台北市(国立台湾大学、台北国立故宮博物院、台北国立歴史博物館ほか)

3.実施期日

平成26年8月26日(火)から9月2日(火)

4.成果報告

事業の概要

 和漢比較文学会第七回特別例会にて研究発表を行った。和漢比較文学会は、日本国内で例会と大会を主催するほか、年に一回、中国の西安と台湾で国際シンポジウムの形式で特別例会を主催している。今年は七回目の開催となり、国立台湾大学と共催で、台湾大学構内に会場を置き、8月28日と29日に研究発表会を行い、30日にエクスカーションが行われた。プログラムは以下の通りである。

  • 日時
    2014年8月28日(木)
  • 場所
    国立台湾大学(参加者 51名)

【午前】

  • 開会挨拶
  • ≪研究発表1-1 情感と文学≫
  • 森春濤の悼亡詩について  陳文佳(名古屋大学博士研究員)
  • 沖縄民謡から見た和漢韓(三国)の文化交流  魯成煥(蔚山大学)

【午後】

  • 「返魂香」物語成立過程と漢武帝の「香」逸話  千葉恭子(和漢香文化研究所)
  • 天狗説話と即位灌頂  菊池真
  • 貞観五年御霊会を読む―『日本三代実録』の方法―  谷口孝介(筑波大学)
  • 大江匡衡の「言志」詩について  呂天雯(早稲田大学・院)
  • 日本における幼学書の享受の視点から見た『蒙求』  相田満(国文学研究資料館・総合研究大学院大学)
  • 柏木如亭『詩本草』の「魚」について  任穎(広島大学・院)
  • 嚏の俗信を巡って―日本中国の「嚏」の比較―  丹羽博之(大手前大学)
  • 日時
    2014年8月29日(金)

【午前】

  • 「人虎伝」と「山月記」―二つのテキストの空間を再考する―  堀誠(早稲田大学)

午後

  • 「灯下読書」の和と漢―『徒然草』第十三段を例に―  黄昱(総合研究大学院大学・院)
  • 「南国」をめぐる想像力―王朝文学と檳榔―  陳斐寧(静宜大学)
  • 張継「楓橋夜泊」の受容  井上一之(群馬県立女子大学)
  • 『和漢朗詠集』における李嶠百二十詠の利用  恵阪友紀子(関西大学・非)
  • 日中の類書・説話集の構成における『冥報記』説話の受容  三田明弘(日本女子大学)
  • 説話にみられる王喬と小野篁  清水浩子(大正大学・非)
  • 姑獲鳥とウブメの間―凶鳥と羽衣伝説の習合を中心として―  増子和男(茨城大学)
  • 『今昔物語集』における猿説話と中国文学―猿神退治譚を中心にして―  陳明姿(台湾大学)
  • 日時
    2014年8月30日(土)
  • エクスカーション
    台湾北部巡行(貝殻寺、十八公廟、基隆、九份)

 二日間にわたる研究発表会において、日本と中国・台湾の日本文学の研究者と大学院生がそれぞれの研究成果について報告し、文学だけではなく、歴史学や民俗学の発表もあり、幅広く多彩な内容であった。会場に活発な討論が行われ、今後、自身の研究を進めていく上においても大変有意義であった。

 エクスカーションは貝殻寺や十八公廟などを見学し、仏教と道教が融合する台湾の民間信仰の実態を学んだ。また、学会の前後の滞在時間を利用して、台北国立故宮博物院、台北国立歴史博物館などを見学し、日本の古代文化にも多大な影響を与えた中国の貴重な文献・文物を実際に見ることができ、大変勉強になった。

本事業の実施によって得られた成果

題目

「灯下読書」の和と漢―『徒然草』第十三段を例に―

概要

 『徒然草』の文章と思想は、漢籍による所が大きいことは周知の通りである。第十三段に、「ひとり、燈のもとに文をひろげて、見ぬ世の人を友とするぞ、こよなう慰むわざなる。文は、文選のあはれなる巻々、白氏文集、老子のことば、南華の篇。この国の博士どもの書ける物も、いにしへのは、あはれなること多かり」とあるように、兼好法師は『文選』『白氏文集』『老子』『荘子』を漢籍の代表としてあげており、長い夜にひとりで燈のもとで読書することを通して、古人との「神交」を楽しみとした。この短い一段は『徒然草』の中にも後世に大きな影響を与えたものである。例えば、近世期に『徒然草』は盛んに読まれ、一種のブームを起こしたが、伝記の少ない作者兼好法師の肖像画のほとんどは燈のもとで読書する姿で描かれた。言うまでもなくこれは第十三段の影響である。しかし、燈のもとに文を読むという場面も表現も先行の日本の古典作品に見ないものであるが、おそらく『徒然草』の影響で、江戸時代の俳諧付合集である『類船集』(一六七六刊)に「物の本」と「灯のもと」は付合のことばとしてあげられている。本発表は、このように灯のもとと物の本、つまり漢籍を関連させた『徒然草』第十三段の発想の源を辿りたい。『うつほ物語』『落窪物語』『源氏物語』などの日本の古典作品に見られる「灯のもと」の用法より、『徒然草』は漢詩に詠まれる「灯下読書」の場面の影響を受けたと考え、漢詩における「灯下読書」の詠まれ方と関わりながら考察する。特に「灯下読書」を多く詠み込んだ陸遊の詩などと比較し、『徒然草』における宋詩の受容を考える。

質疑応答の場でいただいたご意見

谷口孝介先生より
唐詩と平安時代の漢詩と『徒然草』との間は具体的にどのような影響関係を考えるか。

新間一美先生より
平安時代と江戸時代の作品が『白氏文集』を引用する際に使うテキストの違いをご指摘頂き、実際に「灯下」という表現を使っていないが、三首とも友人に送る『白氏文集』の漢詩は『徒然草』に与えた影響は大きいではないか。

本事業の実施によって得られた成果

 和漢比較文学会第七回特別例会発表の際に貴重な意見を頂き、発表の内容を検討し直して、雑誌論文として投稿した上に、博士論文の一章として取り入れる予定である。

 また、現地調査を通して、普段見られない文献資料・文物遺跡などを目にすることができ、とても勉強になった。学会の参加を通して、他大学、他国の先生・学生の方々と学術交流・意見交換ができ、視野を広げ、今後研究を続けていく上にとても良い経験となった。

本事業について

 文化科学研究科学生派遣事業により、旅費の支援を頂いて海外の研究発表・現地調査が経済的に困らず実施できることは、学生にとっては非常に有り難く思います。他国・他領域の研究者の交流の場に参加し、視野を広げ、発表・交流の場で頂いた貴重な意見は博士論文の執筆だけではなく、今後の研究にとっても有意義なものです。