平成26年度 学生派遣事業

君島 彩子(日本歴史硏究專攻)

1.事業実施の目的

調査

2.実施場所

グアム島・サイパン島

3.実施期日

平成26年11月8日(土)から11月14日(金)

4.成果報告

事業の概要

 本研究調査では、戦死者慰霊を目的に建立された観音像に関する博士論文執筆に向け、グアム島・サイパン島で戦跡資料及び観音像を含む慰霊碑の研究、関係者への聞き取り調査を行った。

 グアム島・サイパン島など、太平洋戦争で激戦地となった地域では、遺族や戦友による遺骨収集や慰霊巡拝の中で、多くの慰霊碑が建立されていることが先行研究によって明らかにされている。今回の調査では、先行研究をふまえ、多様な形状の碑の中でも「マリア観音」と呼ばれる観音像を中心に、国や宗教を超えた戦死者慰霊の一端を明らかにすることを目的とした。

 グアム島では、グアム太平洋戦争博物館(Guam Pacific War Museum)、太平洋戦争記念館(War in the Pacific National Historical Museum)を見学し、戦時下のグアム島の様子を理解したうえで、ジーゴ地区の南太平洋平和慰霊公苑(South Pacific Memorial Park)を中心に慰霊碑の調査や聞き取りを行った。

 南太平洋平和慰霊公苑は、グアム島内に散らばった日本人の遺骨を納めるため、チャモロ人の神父オスカー・ガルボの呼びかけによって作られたものである。公苑周辺の慰霊碑、60余名の日本兵が自決したとされる洞窟、公苑中央に建立された遺骨が納められた慰霊塔の現状と碑文などの調査を行った。

 慰霊公苑内に作られた超宗派の慰霊施設「我無山平和寺(House of Prayer for Peace)」では、参拝者から聞き取りを行った。また平和寺内に祀られた仏像・神像を、本尊である「マリヤ観音(ママ)」を中心に調査した。

 慰霊公苑では毎年、日本の仏教僧とグアムのカトリックの大司教による合同慰霊祭で行われている。近年この慰霊祭は「マリヤ観音フェスティバル(Mary Kan-non Festival)」と呼ばれるようになった。慰霊祭の様子について、慰霊祭を主催する財団法人の現地代表より聞き取りを行い、慰霊祭の現状を明らかにした。

 サイパン島では、ラストコマンドポスト(Last command post)、スーサイドクリフ(Suicide Cliff)、バンザイクリフ(Banzai Cliff)、砂糖王公園(Sugar King Park)周辺の慰霊碑、記念樹を調査し、聖母マリアの祠 (Our Lady of Lourdes Shrine)で現地のマリア信仰の一端を見学した。

 サイパン島にはグアム島以上に多様な形状の慰霊碑が建立されており、観音像も比較的多い形状である。サイパン島北部では、ラストコマンドポストに4体、スーサイドクリフ1体、バンザイクリフ3体の観音像が建立されており、他の慰霊碑と比較しながら、観音像の建立状況と碑文の調査を行った。

 砂糖王公園では、彩帆香取神社に訪れた日本人の参拝者から聞き取りを行った。また砂糖王公園奥に、曹洞宗の海外布教師であった秋田新隆によって建立された、慰霊施設「南溟堂(The Saipan International House of Prayer)」の調査を調査した。南溟堂の本尊も、「マリア観音」と呼ばれていることから、現地住民が観音像をどのように捉えているのか聞き取りを行った。

本事業の実施によって得られた成果

 グアム島の事例では、地元の神父の働きかけによって慰霊公苑が整備されたという背景から、仏教とキリスト教の合同の慰霊祭によって日米両軍だけでなく、チャモロ人など現地住民の犠牲者に対する慰霊が行われてきた。このことから仏教とキリスト教双方に通じるイメージとして「マリア観音」が選ばれたと考えられる。平和寺の観音像は、聖母マリアの「愛」と、慈母観音の「慈悲心」を表現し、敵味方問わず全ての戦争犠牲者を慰霊し、世界平和を祈念するとされている。観音像は基本的に仏教的造形であるが、「マリア観音」という名称の中に怨親平等の思想が反映され、その名称は現在慰霊祭の名前としても引き継がれている。

 サイパン島のスーサイドクリフに建立された慰霊像は、十字架の前に観音像が立つ形状であり、キリスト教を意識したものと予想された。また南溟堂は、寺院風の建築であるが、マリアのように子供を抱く母の像が中心に置かれていることから、近隣の住民の中には日本人が建てた日本様式のキリスト教の教会であると考えている者もいることが聞き取りによって明らかになった。死者を慰める者の形状として子供を抱く母の姿の像は、既成の宗教には囚われない形で、地域の住民に受け入れられていた。

 本調査によって「死者を慰める母」と「怨親平等」を合わせた象徴として、マリア観音が祀られたことが予想された。そして潜伏キリシタンの崇拝対象であったマリア観音とは異なる、新たなマリア観音に対する崇敬が戦死者慰霊のなかで生じたことが明らかになった。

 戦死者慰霊における観音像の役割を論じる博士論文において、グアム島・サイパン島のマリア観音の事例は、重要な意味をもつと考えられるため、今後もこれらの像の祀られた状態や碑文を分析し、更なる研究を進めていきたい。

本事業について

 文化科学研究科学生派遣事業により、旅費等の支給をいただき海外調査での負担が軽減されました。この調査によって、現地でしか得られない様々な情報を収集し、博士論文における研究が発展し感謝しております。しかし聞き取りを含む調査では先方と日程を合わせる必要があるため、申請期間がもう少し遅くなれば、調整が行い易いのではないかと思いました。