本計画の目的は、これまで、学生派遣事業などによりフィールドに出かけて調査を行った成果を踏まえ、スウェーデンのヨーテボリにおいて開催される国際博物館会議(ICOM)の都市博物館国際委員会(CAMOC)の年次大会において研究発表を行うものである。また、今後の博士論文研究を行う際に広い視野で分析できるよう、研究の背景を整備することにある。さらに、世界で最初に歴史的建築物を保存し、野外博物館として公開したといわれるスカンセン野外博物館などにおいて調査を行い、歴史的建築物の保存・活用に関する博物館の動向について情報を収集する。
東京、スウェーデン
平成26年 7月31日(木)から 8月12日(火)
申請者の博士論文研究は、地域社会において文化遺産を保存・継承するための博物館のあり方を考察するため、歴史的建築物を活用した博物館の歴史的展開及び地域に与える影響や効果について、現状の問題点と今後の可能性について検討するものである。
すなわち、歴史的建築物を博物館として保存・活用することによる文化観光の推進、文化遺産の保護、文化的アイデンティティの形成を図ることによる、コミュニティ振興についての問題点を事例研究によって検証し、研究考察を行った。
歴史的建築物と同じ時代の服をしているスタッフ
グローカル化の視点から歴史的建築物を博物館として保存し、歴史遺産として活用することがどのような歴史表象を生み出すか、また、地域社会においてどのような意義を有するのか、どのような認識・記憶を及ぼすのかを検証し、その問題点と今後の可能性を明らかにするため、より広い視野で分析できるよう、今回の研究発表とともに、野外博物館の原点でありその研究の背景ともなるスカンセン野外博物館において、学芸員からスカンセン野外博物館成立の歴史及び発展状況、または今後の計画などの情報を説明してもらい、調査を行った。
そのほか、具体的に調査を行った博物館は下記のとおり:
日程 |
調査先 |
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8月2日〜4日 |
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8月5日〜8日 |
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これまで学生派遣事業などにより調査を行った成果を、ヨーテボリにおいて開催される国際博物館会議(ICOM)の都市博物館国際委員会(CAMOC)の年次大会において発表した。また、会議後に周辺都市で行われた博物館及び文化遺産の見学を通じて、地域振興に関する討論会にも参加した。
今回の年次大会のテーマは、” Industrial Heritage, Sustainable Development, and the City Museum(産業遺産の持続的発展と都市博物館)”で、4つのサブテーマ:1)過去の産業都市発展に関する文化遺産の役割について、有形・無形の視点から探究する、2)産業遺産の記録及び展示のための新しい技術、3)都市の博物館:博物館の壁を超えた博物館体験、4)工業化都市及び脱工業化都市における移民の役割についての解釈(展示)を設けている。いずれも、近年、文化遺産を語る際に議論されることの多い課題を、都市博物館の観点から広い視野で捉えようとするものであると考えられる。会議では、これらのテーマをもとに、時代の変化によって工業中心から変遷を遂げている都市の住民に対して、都市博物館は限られた資源と技術的可能性を活用して、どのような役割を果たすことができるのかを考えることを中心に議論を展開した。
ヨーテボリは、大航海時代から貿易の拠点として栄えた都市であり、スカンジナビアで最大の港湾施設を有し、貿易と海運、工業が主要なビジネスであり続けた。会場となったヨーテボリ市立博物館(Göteborg City Museum)は、18世紀のスウェーデン東インド会社の本拠地であった本社を改築したものであり、開催地及び会場ともテーマに大変ふさわしいものであったと言える。
今回の会議は、国際産業遺産保存委員会(TICCIH;The International Committee for the Conservation of the Industrial Heritage)スウェーデン等との共催でもあり、もともとメンバーがヨーロッパ主体の委員会であり、発表者及び参加者のほとんどがヨーロッパ出身であった。3日間に5つのセッションが行われ、初日の夜には市の主催でDickson Palace(地元実業家の旧邸宅)でレセプションが行われ、2日目の夜にもかつて海運産業が栄えたヴァスタヴェット地区で、ワークショップが行われた。
3日目の午後は、中心部から北東へトラムとバスを乗り継ぎ、南米地域及びアフリカ地域などからの移民集住地域であるハンマルクッレンでワークショップを行った。このエリアでは、毎年5月末には盛大なカーニバルが開催されるなど、地元のヴェストラ・イェータランド県の支援も受けて各種行事を行っており、彼らの文化伝承の役割を果たしている。また、スウェーデンは、2000年10月にフィレンツェで採択されたヨーロッパ景観条約(European Landscape Convention)に加盟しており、現在県を中心にこの地域をモデルとしたLAB190と呼ばれる持続的発展に向けた新たなプロジェクトが進行中で、各拠点にビジターセンターを設けているとのことであった。都市周辺部の移民が暮らす地域における博物館の在り方を考える上で参考になる事例かと思われる。
4日目には貸切バスで北へ約1時間移動し、トロルヘッタンにあるサーブ自動車博物館(SAAB Car Museum)を見学し、その後、南西へ約2時間移動し、ボラスにあるファッションセンターと繊維博物館(Textile Museum)を見学した。
トロルヘッタンは、水力発電と自動車工業で栄えた町だが、2011年にサーブが経営破たんすると、工場とともにサーブ自動車博物館はトロルヘッタン市が買収し、新たに公立博物館として生まれ変わった。隣接する工場の一部も公開され、近くにあるヨータ運河もロープウェイでつながり、もともと商業施設であった博物館を含めて、一帯が産業遺産公園となり、今後社会教育施設として地域活性化にどのように活かせるか、という課題を突きつけられている。一方、ボラスは、繊維産業で栄えた町であり、繊維博物館は地元の産業家及びボラス大学を中心に、世界で活躍しているデザイナーとも連携し、繊維工場を改造し、伝統産業である繊維を核に地域の革新を図ろうとしている。2つの事例とも都市博物館を考える上で大いに興味深い事例であったように思われる。
なお、本発表及び調査訪問は、ICOM日本委員会の調査支援(調査館への事前連絡)を受け、また2019年ICOM大会招致に向けた活動の一環として依頼されたものでもあることから、出発前に東京においてICOM日本委員会の関係者と打ち合わせを行い、帰国後に報告を行った。
今回発表のタイトルはPreserving historical buildings as a city museum- Tamsui Historical Museum, New Taipei Cityである。発表概要はまず、台湾新北市にある淡水の基礎情報を紹介し、歴史的建築物を博物館として保存、活用に関する事例背景を含め、文化観光による地域振興、または歴史再現展示と真実性の問題点を発表した。
発表のあと、会場から強いインパクトがあり、面白いなど、大変良い評価を得ることができ、台湾の博物館政策についての質問を受けた。
本計画の実施により、
平成26年度文化科学研究科学生派遣事業の支援により、ヨーロッパ博物館関係者・研究者との交流ができ、研究者として、貴重なネットワークを形成することができたことを、とても感謝している。