平成26年度 学生派遣事業

古沢 ゆりあ(比較文化学専攻)

1.事業実施の目的

第2回アジア未来会議における研究発表

2.実施場所

ウダヤナ大学(インドネシア、バリ島デンパサール)

3.実施期日

平成26年 8月21日(木)から 8月26日(火)

4.成果報告

事業の概要

 インドネシアのバリ島デンパサールにあるウダヤナ大学で開催された第2回アジア未来会議(The Second Asia Future Conference)に参加し、研究発表を行った。アジア未来会議とは、公益財団法人渥美国際交流財団(関口グローバル研究会)の主催により隔年でアジアの都市で開催される会議であり、国際的かつ学際的なアプローチによる研究発表や交流を行うものである。「多様性と調和(Diversity & Harmony)」をテーマとした今回は、17か国から約380人の参加者があったという。一日目(8月22日)には、インナ・グランド・バリ・ビーチ・ホテルを会場として基調講演とフォーラムがあり、二日目には、会場をウダヤナ大学に移して研究発表が行われ、三日目にはグループに分かれてバリ島内の文化遺産や自然景観などの見学会が行われた。

 研究発表では、人文科学・自然科学・社会科学の諸分野の12の小テーマの分科会に分かれ200余りの研究発表があった。わたしは主に、文化芸術にかかわるフォーラムや分科会に参加した。

 今回の全体テーマである「多様性と調和」は、インドネシア建国の理念でもある「多様性のなかの統一(Bhinneka Tunggal Ika)」とも呼応しており、現代のアジアにおいては、人間の文化・社会にとっても、また、生態や自然環境にとっても極めて今日性のある課題であるといえる。

 まず、初日の午前の基調講演では、「地球的再編時代におけるASEANと東アジア」と題して、シンガポール外務省無任所大使のB. カウシカン氏の講演があった。そこでは、アジアにおいて西欧から受容された近代システムの超克の可能性と、中国の台頭を注視した新たな国際システムの構築のビジョンが示された。

 午後のフォーラムでは、「アジアを繋ぐアート」、「中国台頭時代の東アジアの新秩序」、「環境リモートセンシング」の3つのテーマに分かれてのフォーラムがあり、わたしはそのうちの「アジアを繋ぐアート」を聴講した。そのなかで、わたしにとって興味深かったのは、バティック研究者である戸津正勝氏による「多民族国家インドネシアにおける「国民文化」形成の試み -ジャワのバティックからインドネシアのバティックへ‐」であった。バティックの数々の貴重な実物を見せながらの講演は次のような内容であった。まず、インドネシアには、バティックだけでない絣織などの民族服飾文化の多様性と、ジャワの王宮のバティックの伝統がある。王宮の伝統だけでなく、バティックは、オランダ領東インドの時代にはオランダ人や中国人によって新たな文様のものが創出されたり、日本軍政の時代には日本のモティーフを取り入れたものも制作されたりなど、時代ごとの社会状況を反映し変化してきた。そして、戦後、インドネシア共和国の誕生後は、インドネシア全体の国民文化としてのバティックインドネシアが創出された。この新しいバティックインドネシアとは、伝統文様の色を変えるなどのアレンジにより、王族か庶民か、ヒンドゥー教徒かイスラム教徒かなどに関わらず、国民全員がきることのできるバティックである。バティックは、2009年には世界無形文化遺産に登録されるに至った。

 わたしの研究も、近代における民族文化の創出と、民族衣装の表象性について関わっているので、このインドネシアの事例は大変参考になった。民族衣装のように、現在伝統的と見なされているものは実は歴史の過程で変化しながら構築されてきたのであり、特に、近代になってから「国民文化」形成の中で再創出されたものであるということは、様々な事例から論じられてきていることである。近現代における「伝統」の表象について、今後も注目していきたい。

 一方、そのほかで重要な問題提起だと感じたのは、全体のテーマに関する会場からの発言で、「多様性というのは単に個々の間の相違のことではないのではないか。日本のような工業的に進んだ国が、他の地域を経済的に占領しているような状況の今日において、多様性を語ることの意味はなにか。」というような趣旨のものがあったことである。会議においては、多様性を讃美し調和を謳う論調はあったものの、逆に、多様性が強調されることの裏にある政治性や文化間の力関係に関する批判的な考察は少なかったように感じた。もちろん、アジア圏内でも日本国内でも、民族の違いや様々な差異による人々の間の摩擦や不調和が生じており、多様性を認め合うことでそれらを解決することは緊急の課題であることは間違いない。しかし、例えば、かつて日本の植民地や軍政下の地域での日本主導の官設美術展において、現地の「ローカルカラー(郷土色、地方色)」の奨励が、支配する側とされる側の文化の相違を視覚化し、オリエンタリズム的、帝国主義的な力関係を堅固にした事例が、近年、美術史学界で注目されていることなどを考えてみると、他者を差異化しつつ包摂(同化)するという多様性のポリティクスに関してももう少し考えてみたいと思った。

学会発表について

 わたしが発表したのは、2日目の午前中の分科会Session A09: CULTURE (1) であった。座長は、エセックス大学のマーガレット・コールドアイロン先生(アジアの芸能仮面研究)と東京藝術大学の島田文雄先生(陶芸研究)で、発表者はわたしを含め美術分野から4人であった。

 発表では、「Mary in Asian Dresses: Visual Image and Cultural Identity」と題して、近現代アジアの造形表現における「その土地の女性の姿で伝統衣装をまとった聖母マリアの図像」について、「民族文化」の視覚表象をとりまく「自己へのまなざし・他者からのまなざし」を軸に報告した。まず、20世紀以降に非西洋の様々な地域で西洋由来のキリスト教美術を意図的に現地化させようという動きが起こった背景には、当時の宣教師や教会の方針や、現地の信者や美術家らの欲求があったことをまとめ、現地化した聖母像の対照的な二事例をフィリピンと日本からとりあげ論じた。そして、アジアにおけるキリスト教美術や聖母像の現地化は、西洋の宗教者や美術家の西洋文化優位主義的価値観を相対化することに役立つ一方で、アジアの文化をキリスト教や西洋近代の美術の制度へ取り込む力関係にもなりうること、また、アジアの信者や聖職者にとっては自己の文化的・宗教的アイデンティティの表明にもなると同時に、外部からのまなざし(期待される「その土地らしさ」)に合わせた結果の「自己オリエンタリズム」に陥るおそれがあることを指摘した。

 質疑応答では、問題の核心に触れた質問や指摘を受けることができた。例えば、1)宗教的な崇敬対象としての聖母像と近代美術作品としての聖母像の違いについて、2)聖母像の現地化は今後増えていくと思われるか、3)聖母像と観音像は共通点があるのではないか、4)「local」と「modern」の相違と両者の関係をどう考えるか、などである。ただ、発表の中で触れたつもりの事柄についてわざわざ指摘するコメントもふたつほどあったので、重要なポイントは発表の中できちんと伝わるように強調せねばと反省した。

 本発表は、質疑応答で比較的多くの質問やコメントを得るなど聴衆の関心を引いたためか、各セッションから一名ずつ選ばれるBest Presentation Awardに選ばれ表彰されることができた。

本事業の実施によって得られた成果

 様々な背景の人が参加する国際会議で発表できたことは、自分の研究をどう人に伝えるかを考える上でとてもよい経験となった。学際的なものである今回の会議は、セッションは分野ごとになっているが、聴衆はかならずしも発表者の専門分野やそれに近い人とは限らない。そのため、内容を単純化しすぎることなくいかに簡潔にわかりやすくまとめるかには工夫が必要である。また、事前に提出したフルペーパーの論文は参加者にデータが配られてはいるが、発表はその内容を「詳しくは論文のほうを見て下さい」と極力言わずに、制限時間内で完結したものとして提示しなくてはいけない点も難しかったが勉強になった。

 このような国際会議に参加し発表することで、自分の研究発表の自信を持てる点と反省点が認識できたこと、他国や異分野の研究者との積極的な議論や交流を持つことができたことは、今回の成果であり、博士論文研究にとって意味のあるものであったと思う。

本事業について

 今回、海外に研究発表に行く上で、事前に(今年6月)、総研大レクチャー「国際コミュニケーション」の英語プレゼンの技術の講座を受講していたことは大変役に立った。このように、講義で習ったことを直ちに実践に生かせる機会があるのは、いいことだと思う。