総合研究大学院大学 文化科学研究科 学術交流フォーラム2009

学生による口頭発表

学生による口頭発表

ブルガリアヨーグルトの経営人類学的研究
-伝統派のLB社、革新派のダノン社-


発表者所属名
比較文化学・国立民族学博物館
発表者氏名
マリア・ヨトヴァ

 ヨーグルトは現代社会において、健康食品として世界中から注目されている。グローバルな影響が著しいポスト社会主義期のブルガリアにおいても、ご多分にもれず「健康食品」というステータスを得ている。しかし、ブルガリアのヨーグルトはグローバルなレベルでの「健康食品」の価値を取り入れながらも、それ以上にブルガリアの特有の意味と価値を主張するという側面を有している。すなわち、伝統社会における乳発酵食品という位置づけから、社会主義的な産業社会における栄養源としての日常的なステータスを得たのである。こうした過程を経て現代のグローバルなポスト社会主義時代における健康食品という位置づけになったヨーグルトは、各時代において、国家政策、企業戦略、研究業績、外部の視線、個人的関与の影響を受けながら、ブルガリアという特定の社会的文脈において、他の伝統食品と異なる、独特な意味を持っている。

 社会主義時代においては、ヨーグルトの生産技術ノウハウの開発、乳酸菌研究の発展、海外への技術移転および外部からの評価の高まりのなかで、ブルガリアのヨーグルトに独自の価値が創造され、ヨーグルトに新たな意味合いが付与された。それは二つの次元で機能していた。国内レベルでは、ブルガリアのサワーミルクは、「人民」に必要な栄養を与えるための日常的な食品としての価値が重視されていた。それと同時に、国外レベルでは「長寿」というキーワードでブルガリアの乳酸菌研究に基づくヨーグルトの付加価値が先進国で評価された。この価値の創造プロセスにおいて、ヨーグルト産業を導いたのは、共産党の支配の時代に乳業における独占的地位を占めていたD.I.企業とそのトップ経営者T社長であった。

 1989年、社会主義体制に終止符が打たれると、市場経済への転換期には、赤字企業の閉鎖・土地の非集散化、民営化・リストラなど痛みをともなう構造改革が次々と実施された。乳業においても独占的地位を占めていた国営D.I.企業の各地方工場が民営化されることになった。そこで、D.I.企業のモデル工場ソフィアは、国際的な大手企業ダノン社によって買収され、ダノン社はブルガリアのヨーグルト市場における最大のアクターとなった。一方、D.I.企業の一部であった乳酸菌研究所は、菌の保管および知的財産の運営が関係しているため、民営化されることなくLB社という名称で現在も国営企業として存在している。

 ダノン社は、積極的なマーケティング戦略を通じて、新しい伝統的な味である「おばあちゃん」のヨーグルトおよび健康食品としてのヨーグルトの価値を消費者に幅広く浸透しようとしている。それに負けるわけにはいかないLB社は、日本との技術提携をアピールし、日本からの視線を積極的に紹介している。これらによって、商品としてのヨーグルトの意味と価値がさらに多様化し、ヨーグルトの象徴的力が拡大しているのである。

 ここでは、ヨーグルトの意味付けや価値の創出に大きく関与した国営企業のLB社とグローバルな大手企業ダノン社という二つの会社に焦点を当て、それぞれが作り出しているヨーグルトのミクロな世界および消費者に提供している価値を明らかにする。