
環境やパラダイムの変動は、しばしば人々にライフスタイルの再考を迫ってきた。19世紀アメリカでは、「正統」医療の確立が初めて志向されたことを契機として、「非正統」治療者を中心とする一連の民衆健康運動が半世紀にわたって繰り広げられた。専門職としての「正統」医療者に治療を委ねることに異を唱えつつも、個々の民衆健康運動において提示された「自然観」・治療観、そしてケアに関わる考え方には、ヴァリエーションが認められた。
民衆健康運動において、「ふつうの人々」がケアの主体となることを訴えた特徴的な植物治療運動と水治療運動をとりあげ、その考え方と実践を、同時代アメリカの環境・社会変動のなかに位置づけることを試みる。このことを通して、一つの極限に晒された人々の選択の限界と可能性について、考えてみたい。