総合研究大学院大学 文化科学研究科 学術交流フォーラム 2015

パネルディスカッション

講演会・パネルディスカッション

講演のプロローグ

 2015年フォーラムのテーマは「文学際―「文化科学」を発見する―」です。これは文学と学際とをかけています。理系との学際を視野に入れた場合、古典文学と科学の繋がりを持つ重要なものとして、近世の演劇があります。

 

 近世の演劇の一つである人形浄瑠璃は、現在では文楽と言いますが、人形遣い三人で遣う人形が、まるで人間のような動きをする芸能です。人形浄瑠璃の大切な要素は、「からくり」なのです。現在、文楽の劇場は東京にも大阪にもあり、文楽は1995年に日本の重要無形文化財に指定され、2009年にユネスコ無形文化遺産登録されています。つまり人形浄瑠璃は、国内のみならず世界から、日本の重要な芸能として高く評価されているのです。

 

 この人形浄瑠璃は、太夫の語りと三味線と人形操り、その三位一体で作られている芸能です。太夫の語り、それは浄瑠璃作品として現在でも読むことができますが、日本に古くから伝わる様々な古典作品、和歌や物語、軍記や謡曲などを基にして作られています。つまり太夫の語りは、文学との関わりが深いものです。

 

 そして、今回の講演で扱うのは、人形操りの「からくり」の部分です。これは機械ですから、物理科学と関わってくるものです。武井協三教授は、「碁盤の上のからくり人形」と題して、今回のフォーラムポスターにもなった、碁盤の上に赤い毛氈をひいて、その上で人形を遣っている図が、どういう意味なのかを考察しました。つまり毛氈を碁盤の上に敷いたのは、碁盤の中のしかけで動いている人形ではないことを見せているのだと推論したのです。また、山田和人教授は、「ロボットとからくり―科学と芸能の狭間を生きた田中久重―」と題して、人型ロボットとからくり人形の繋がりを、田中久重作「弓曳き童子」のからくり人形の映像とともに解説しました。田中久重とは、田中近江大掾として嵯峨御所から受領を赦された「からくり師」ですが、実は東芝の創業者でもあるのです。この田中久重の「からくり」は、芸能と科学とを合体したものであったのです。「からくり」を軸として、お二人とも映像、実演をからめてわかりやすくお話し下さいました。

 

 こうした学際的な他分野の方々をも対象にした講演は、基盤となる足元の研究が大切です。ご自分の専門研究がしっかりしていないと、学術的価値のあるものにはなりません。お二人とも歌舞伎・浄瑠璃研究の第1人者であり、地道な研究を永く続けている研究者です。そして一般の方々対象の講演でも、解りやすく伝えることができる、プレゼンテーション能力の高い講演から、私たちが学ぶべき点は数多くありました。

山下 則子

碁盤の上のからくり人形

【講演要旨】

 江戸時代を代表する芸能は、歌舞伎と人形浄瑠璃です。人形浄瑠璃は義太夫節という音曲にのって語られる物語ですが、これには人形芝居が付随して上演されます。耳に訴えるのは重厚な太夫の語りと三味線の演奏、目に訴えるのは繊細な人形の演技で、太夫、三味線、人形の三者が創り出すのが、今日では「文楽」とも呼ばれている人形浄瑠璃です。
 文楽を初めて見た人のだれもが違和感を感じるのが、「出遣い」という人形の遣い方です。美しい若い娘の人形の背後に、頭のはげ上がった人形遣いが、ニュッとばかりに顔を出して、人形を遣っているのです。
 多くの国に人形芝居はありますが、人形の遣い手は、黒い頭巾や黒装束を身につけ、背景の黒いカーテンに溶け込んで、自分の姿は見えないようにしています。ところが文楽では人形遣いは隠れようとはせず、劇の世界にとっては邪魔になるはずの、遣い手の人間の顔を、どうどうとさらしているのです。
 これはいったいなぜなのでしょうか。
 国文学研究資料館に「碁盤人形の図」という、一幅の掛け軸があります。碁盤の上の小さな人形を、後ろから人形遣いが操作している絵です。この絵を見ながら、なぜ文楽では人形遣いが顔を隠さないのかという問題を、解いていきたいと思います。

【解説者紹介】

武井協三(たけい きょうぞう, TAKEI Kyozo)

国文学研究資料館 名誉教授
専攻 日本近世演劇(歌舞伎・人形浄瑠璃)
主要業績
・『若衆歌舞伎・野郎歌舞伎の研究』(八木書店、二〇〇〇年)
・『江戸歌舞伎と女たち』(角川書店、二〇〇三年)
・江戸人物読本『近松門左衛門』(ぺりかん社、一九九一年)
最近の研究
 歌舞伎が歌舞伎であるための必要条件、歌舞伎の本質とはなにかといったことについて考えている。また、藩政史料を博捜し、歌舞伎や人形浄瑠璃の上演記録を見つけ出し、「座敷芝居」という江戸時代の演劇ジャンルについて考察している。

講演(1)「碁盤の上のからくり人形」
 武井 協三 [国文学研究資料館 名誉教授]

ロボットとからくり─科学と芸能の狭間を生きた田中久重─

【講演要旨】

 人型ロボットが日本で普及する要因のひとつとして人形、もしくはからくり人形の存在があげられます。社会に受け入れられるためには文化的な素地がなければなりません。田中久重の「弓曳き童子」の映像と竹田からくりの弓曳きからくりを紹介しながら、ロボット技術の精神的基盤としてのからくり文化の裾野の拡がりについて考えます。この人形は有名なからくり人形であり、自然科学史の分野の鈴木一義の研究が詳しい。今回は、それをからくり文化研究の側から位置づけ直します。

 

 実は、田中久重は、東芝の創業者であり、近代科学の黎明期に活躍した技術者であり、田中近江大掾として嵯峨御所から受領を赦されたからくり師であり、一座を束ねる座本の役割を担ってもいました。その意味で、田中久重は科学と芸能の狭間をたくましく生き抜いた先人のひとりでした。いや、科学や芸能といった近代的な腑分けではとらえられない日本の技術の想像力を体現した人物でした。

 

 からくり師田中近江大掾のからくりの記録としては、巻子本と番付が知られています。巻子本は、従来着想を記したアイデア帳という位置づけがなされていたようですが、実は、興行を前提に書かれたものであり、上演の順番に演目を記したものであることが明らかになりました。なお、実際の興行の実情は、番付などで詳細を知ることができます。

 

 田中久重の弓曳き童子、文字書き、万年時計などに、竹田からくりの命脈を引き継ぐからくり師としての着想が豊かに示されています。時間があれば近年安城市で発見された文字書き(曲書き)の座敷からくりにも触れます。

 

 こうした文献資料の公開・共有によって、田中久重や竹田からくりなどを学際的、多元的に評価できるようになるかもしれません。人型ロボットの技術の本質やロボットを受け入れる日本人の感性に迫ることができるかもしれません。

【解説者紹介】

山田和人(やまだ かずひと)

同志社大学文学部教授
専門:日本近世文学・芸能
最近の研究:大津曳山祭総合調査報告書2015

[主な業績]

「竹田からくり関連の絵画資料」『国語と国文学』911号 1999
『古浄瑠璃の研究と資料』2000(和泉書院)
「田中近江大掾のからくり―芸能と科学の狭間」『同志社国文学』61号 2004
「からくり人形と絵画資料」『藝能史研究』190号 2010
「竹田からくりの演目と分類」『西鶴と浮世草子』(5)2011(笠間書院)

講演(2)「ロボットとからくり-科学と芸能の狭間を生きた田中久重-」
 山田 和人 [同志社大学部学部 教授]